交流の生立ち

友好姉妹交流の生立ち

 昭和14年12月12日当時、日ソ関係はノモンハン事件など極めて悪い状況におかれていました。
 ソビエトの貨客船インディギルカ号がカムチャッカ近海での漁期を終えて1,064名の漁夫と家族を乗せウラジオストックに向け航海中折からの暴風雨に押し流されて猿払村浜鬼志別の沖合800メートルで座礁、転覆720名の命が失われるという世界の海難史に残る大惨事となりました。猿払村民は地元の漁民を中心に約4百人を救出し、次々と流れ着く凍った死体の引き上げ作業を行ったのです。
 
 
 
 半世紀前の惨劇を希望と友好の絆に変えて、平成2年12月ロシア・サハリン洲のオジョールスキイ村と猿払村は友好姉妹村の正式調印を交わしました。猿払村とオジョールスキイ村両村民は、日口関係に関わる過去の不幸な歴史をのりこえて相互の信頼と人間愛を絆に、新しい歴史の想像を夢見て学童交流事業などに取り組んでいます。


 
2018年学童交流事業の様子
  
 

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